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      ( 九州 の 名勝地・観光地 )
  
  
 
第1集  原爆被災地 長崎 ”原爆落下中心地・ 平和公園” を訪れる
  


長崎 平和公園、平和の泉にて
  
  
  
 
 




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 1.長崎市 ”原爆落下中心地・平和公園” を訪れる
 原爆落下中心地・平和公園
 平和公園
 長崎県 長崎市
 (撮影 2016.05.03)

 平和公園(へいわこうえん)は、長崎県長崎市松山町に位置する公園です。「平和記念(祈念)公園」とも呼ばれますが、正確には誤りとのことです。

 1945年(昭和20年)8月9日に投下された原子爆弾落下中心地(爆心地)と、その北側の丘の上とを含めた地域に、平和を祈って設けられ、3つ(5つ)のゾーンから構成されています。入園は自由で、面積は約18.6ヘクタールです。

 毎年8月9日の長崎原爆の日(長崎原爆忌)には、平和祈念像前の式典広場にて原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が開催されています。
     (ウィキペディアより)


(Size : 18,583KB) 平和の泉より、平和祈念像を望む 原爆落下中心地碑を望む
  




 2.長崎 ”原子爆弾落下中心地” にて (1)
 


原子爆弾落下中心地碑を望む
 
 


原子爆弾落下中心地にて 原子爆弾落下中心地にて
< 長崎原爆落下中心地について > 

 長崎に投下された原子爆弾は、1945年8月9日、午前11時2分、長崎市松山町171番地の上空約500mで爆発しました。原子爆弾が爆発した瞬間の爆発点の温度は摂氏数百万度に達し、爆発からの1万分の1秒後には約30万度の火球を形成したと推定されています。また、火球は爆発1秒後には最大となり、半径約240mまで膨張し、爆発直後の爆心地の地表の温度は、約3,000~4,000度に達したと推定されています。

 当時長崎市内には約24万人の人が暮らしていましたが、死者は約7万4,000人、負傷者約7万5,000人でした。原爆の熱線と爆風に火災が重なったので、被害は大きく広がりました。爆風で壊され、後で起きた火災で焼けてしまう家が多くありました。爆風で倒れた家の下敷きになったままで、たくさんの人が火災によって命を失いました。

 現在、原爆死没者名簿は、平成15年7月に開館した国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館に保存されています。原爆殉難者名奉安箱には、原爆死没者名簿のマイクロフィルム化したものが永久保存されています。
                      
(長崎市HPより)



原子爆弾落下中心地碑のアップです
       
google地図より google地図より(■カーソルセットで写真表示) google!地図より(■カーソルセットで写真表示)
   
  (後 記)  
       
   長崎の原爆については、平和公園の平和祈念像が強く心に残っていました。原爆落下中心地については、ガイドブックを見るまでは知りませんでした。
 今回は原爆落下中心地の原爆により破壊された地層を見たり、原爆落下中心地からの360度写真などで、長崎原爆の悲惨さを改めて感じることが出来ました。

 平和祈念像は、島原城の城内にあります「西望記念館」で像の雛形や縮小モデル・構造を見ることができました。その後平和公園で実物を見ることができ、高さ10m程の巨大な像には圧倒されました。
 像には
  『天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想い』
 が込められているとのことです。

 日本の平和、世界の平和を思わずにはいられませんでした。          

                                   (2020.08.30)

 
     



原子爆弾落下中心地にて
 





 3.長崎 ”原子爆弾落下中心地” にて (2)




原子爆弾落下中心地碑にて







原子爆弾落下中心地の案内板です



原子爆弾落下中心地にて
   




原爆落下中心地にて、被爆当時の地層を見ることができます








生々しい被爆当時の地層です







被爆50周年記念碑、原爆落下中心地地区を「祈りのゾーン」とし、世界平和の発信地としての碑です
 、
 4.平和公園 ”平和祈念像”にて
 




原爆落下中心地から平和公園への入り口です








平和公園、平和祈念像を望む







平和祈念像、作者(彫刻家、北村西望氏)の言葉です
 



平和祈念像を望む 
< 平和祈念像について > 

 長崎市民の平和への願いを象徴する高さ9.7メートル、重さ30トン、青銅製の平和祈念像。制作者の長崎出身の彫刻家北村西望氏はこの像を神の愛と仏の慈悲を象徴とし、天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込めました。
 毎年8月9日の原爆の日を「ながさき平和の日」と定め、この像の前で平和祈念式典がとり行なわれ、全世界に向けた平和宣言がなされます。
                      
(長崎市HPより)




平和公園にて(チェコスロバキアからの寄贈)







原爆受難者之碑です
   
 





 5.”平和公園” にて



平和公園にて(中国からの寄贈)



生命の木:平和の贈り物
 




平和公園にて(ソビエト連邦からの寄贈)







平和公園にて 



平和公園にて
 






 6.平和公園 ”平和の泉” にて
 




平和の泉を望む







平和の泉の案内板です



平和の泉にて
 




平和の泉にて 平和祈念像を望む 平和公園にて 折鶴の塔を望む
< 平和の泉について > 

 原爆のため体内まで焼けただれた被爆者たちは「水を、水を」とうめき叫びながら死んでいきました。その痛ましい霊に水を捧げて、冥福を祈り、世界恒久平和と核兵器廃絶の願いを込めて浄財を募り建設された円形の泉で、平和公園の一角、平和祈念像の前方にあります。直径18メートルで昭和44年に完成しました。
 平和の鳩と鶴の羽根を象徴した噴水が舞い、正面には、被爆し、水を求めてさまよった少女の手記「のどが乾いてたまりませんでした 水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました どうしても水が欲しくて とうとうあぶらの浮いたまま飲みました」が刻まれています。
                      
(長崎市HPより)




平和の泉より、平和記念像を望む








平和公園、平和の泉を望む






平和公園の案内板です






 7.彫刻家 北村西望 ”西望記念館”にて (日本百名城 島原城内にて)
 




島原城、城内にあります「西望記念館」を望む







島原城西望記念館にて、平和祈念像 最初の雛形です
 




島原城原西望記念館にて







島原城原西望記念館にて、平和祈念像を望む




  長崎原爆写真



爆心地を中心として、約180度のパノラマ展望です(現地案内板より)



現地案内板です
v


平和公園、折鶴の塔を望む



戦争のない、世界平和を考えて・・・





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