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      ( 関 東 の 名勝地 )
  
  
 
[画像]  国指定史跡 吉見百穴 ”地下軍需工場跡・ヒカリゴケ” を訪れる
  
国指定史跡 ”吉見百穴”入口にて  
  
  
  
 
 
  


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 1.埼玉県 吉見町 ”吉見百穴” を訪れる
 
     
     
 吉見百穴 地下軍需工場跡
 (ちかぐんじゅこうじょうあと)
 国指定史跡、他
 埼玉県 吉見街
 (撮影 2018.09.28)
 吉見百穴には、第2次世界大戦末期に地下軍需工場用の洞窟が掘られ、縦と横に交差する巨大な穴が残っています。太平洋戦争中、中島飛行機の地下軍需工場建設のために掘られたトンネルです。直径約3メートルほどのトンネルが碁盤の目状に掘られ、出入り口として3か所の坑口が掘り出されたのです。現在、軍用トンネルの奥は危険なため鉄柵でふさがれています。     (ウィキペディアより)  
(Size : 7,116KB) 国の天然記念物 ”ヒカリゴケ”を望む ”地下軍需工場跡”を望む





 2.吉見百穴 古墳時代遺跡 ”かぶと塚古墳” を見る
< かぶと塚古墳について >

  かぶと塚古墳(かぶとづかこふん)は、埼玉県吉見町にある古墳です。久米田古墳群を構成する1基です。
 古墳は2段築成の円墳で、径26〜28メートル・高さ4.6メートルの規模で、手をつけると「雷神が怒る」と伝えられ、久米田古墳群の中で最後まで残っていた古墳でした。1973年(昭和48年)の調査の後破壊されました。主体部は、複室構造の胴張りのある横穴式石室で、全長12.5メートルです。

 副葬品は、玄室から金環5・ガラス小玉40余・鉄鏃・大刀・刀子・棒状鉄器・圭頭大刀が、前室から須恵器(有蓋高坏・有蓋高坏蓋・無蓋高坏・はそう・有蓋短頸壺・脚付長頸壺・脚付長頸壺蓋・長頸壺・平瓶・坏)が出土しています。これらの遺物は1992年(平成4年)8月19日付けで町有形文化財に指定されています。

                     
(ウィキペディアより)
 
かぶと塚古墳の遺跡です
   


かぶと塚古墳の遺跡です





かぶと塚古墳遺跡案内板です
 

横穴墓(よこあなぼ)玄室の加工跡(手斧の傷跡)とのことです   
 3.吉見百穴 ”古代米” を観賞する
< ハ古代米について >
           
古代米を望む。麦のような感じで穂先は赤みかかっています


古代米はこんな感じで栽培されています





古代米の水田を望む
 
 
古代米を望む
 





 4.吉見百穴 ”軍需工場跡” を見学する (正面右側の入口より)

地下軍需工場跡にて

< 地下軍需工場跡について >

 地下軍需工場跡は、昭和19年~20年に、吉見百穴とその周辺の丘陵地帯に大規模な地下軍需工場が造られました。今でも通行可能な直径3メートル程の開口部を持つ洞窟が地下軍需工場の跡です。縦と横の洞窟がそれぞれ交差し碁盤の目のようになっているのが特徴になっています。
 太平洋戦争の末期、米軍の大規模な空襲によって日本の航空機製造工場の生産能力は壊滅的な打撃を受けた。当時、東京都武蔵野市の中島飛行機工場は、空襲から逃れるために地下に移転する計画があったが間に合わず、昭和19年11月と12月の2度の空襲によって生産能力が10分の1に落ち込んだと言われています。そのため、現在のさいたま市にあった中島飛行機工場の移転の必要性が急速に高まり、生活物資の調達に便利で、掘削に適した場所である吉見百穴地域に軍需工場が造られることになりました。吉見百穴にある地下軍需工場跡は、こうした空襲を避けながら航空機の部品を製造する目的で造られたものです。本来、市ノ川は湾曲しながら百穴の裾の付近を流れていたが、地下軍需工場の前面に平地を確保するため川を西に移動させ、湾曲した川を直線に改修し現在のようになったと言われていることから、この工事が大規模なものであったことが理解できます。       (吉見町観光みどころ・ガイドより)





地下軍需工場跡にて、正面右側の地下工場への入口です

地下軍需工場跡にて、残念ながらこの先は通行止めとなっています
 
地下軍需工場跡にて、入って左側方面の地下通路を望む 地下軍需工場跡にて、構内内部より入口を望む
   
地下軍需工場跡にて、正面左側の正面地下通路の様子です
 
 5.”軍需工場跡” を見学する (正面左側の入口より)
 
地下軍需工場跡にて、正面の地下通路を望む
 
地下軍需工場跡にて、正面左側の地下工場入口を望む
地下軍需工場跡にて、入って右側の地下通路を望む


地下軍需工場跡にて、地下通路の状況です





地下軍需工場跡、正面左側の入口付近からの眺めです
   
 






 6.国の天然記念物 吉見百穴 ”ヒカリゴケ” を観賞する
 
覗き窓より、自生のヒカリゴケを望む
ヒカリゴケの案内板です。ヒカリゴケは正面の金網の覗き穴から覗きます
 
< ヒカリゴケについて >

 ヒカリゴケはコケ類の一種であり、緑色の光を放出しているように見えるところから、この名がついています。ヒカリゴケの生育には、一定の気温と湿度を保つ環境に恵まれることが必要です。吉見百穴の横穴墓内は、この条件に合っているためにヒカリゴケが自生しています。
 ヒカリゴケは一般的に中部以北の山地に見られるが、関東平野に生育していることは植物学上極めて貴重であるとのことです。

 
ヒカリゴケの案内板です 覗き穴からヒカリゴケを望む
覗き穴からヒカリゴケを望む
 8.吉見百穴 ”埋蔵文化財センター”にて
 



埋蔵文化財センターにて、展示にはシンプルさの中に沢山工夫の後が見られ、楽しく見ることができました





 埋蔵文化財センターにて、太刀には見とれてしまいました      
 
 
埋蔵文化財センターにて、「白磁四耳壺」一番目につくメインの場所に展示されています 埋蔵文化財センターにて

埋蔵文化財センターにて
埋蔵文化財センターにて 埋蔵文化財センターにて 埋蔵文化財センターにて 埋蔵文化財センターにて
google地図より google地図より(■カーソルセットで写真表示) google!地図より(■カーソルセットで写真表示)
   
  (後 記)  
       
   さほど広くない敷地には、いろいろなものが有り、ビックリさせられました。古墳の石室の展示、古代米の栽培、地下軍需工場跡、ヒカリゴケとなんとなく施設の管理者の熱意が伝わってくるような場所でした。埋蔵文化財センターもポスターと展示物の調和がとてもシンプルで好感が持てました。ただ地下軍需工場跡は通り抜けができれば、戦時の必死さが伝わってくるのではと思いました。今後の安全性の見極めに期待したと思います。

       
(2018.11.05)

 
     
 





  お気に入り写真




 埋蔵文化財センターにて。ポスターの『古墳のサト』に引き込まれるような展示物です  



戦争末期の貴重な遺産と思いました。   




国指定史跡、吉見百穴の入場券です




 埋蔵文化財センターに展示されている、百穴の模型です
  




国指定史跡、吉見百穴にて、埋蔵文化財センター側からの眺めです   





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