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      ( 関 東 の 名勝地 )
  
  
    
[画像] 国指定史跡 ”吉見百穴” を訪れる
  
埼玉県吉見町 吉見百穴を望む  
  
  
  
 
 
  

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 1.埼玉県 吉見町 ”吉見百穴” を訪れる
 
     
     
 吉見百穴 (よしみひゃくあな)
 国指定史跡
 埼玉県 吉見町
 (撮影 2018.09.28)
吉見百穴(よしみひゃくあな、よしみひゃっけつ)は、埼玉県比企郡吉見町にある古墳時代後期の横穴墓群の遺跡です。1923年3月7日に国の史跡に指定されています。現在は、有料で一般公開されています。

 凝灰岩の岩山の斜面に多数の穴が空いていることから、一見異様な印象を受ける遺跡です。穴の数は219個と言われ、このような遺跡としては日本一の規模とのことです。穴の入り口は直径1メートル程度ですが、内部はもう少し広くなっていることが多い。古墳時代後期(6世紀-7世紀頃)に造られたものであり、他の多くの古墳が土を盛った小山の中に1つだけ玄室が存在する構造であるのに対し、岩山の表面から数メートルの小穴(古墳の玄室に相当するもの)を多数掘って造られた集合墳墓となっています。多くの穴に古墳と同様の台座状構造があり、ここに棺桶を安置したとされています。     (ウィキペディアより)
  
(Size : 7,700KB) 吉見百穴、中央部を望む 吉見百穴を望む





 2.国指定史跡 ”吉見百穴” を訪れる
< 吉見百穴について >

 吉見百穴(よしみひゃくあな)は、今から約1400年前の古墳時代後期(6世紀-7世紀頃)の横穴墓群であります。
 横穴墓群は、岩山の表面から数メートルの小穴(古墳の玄室に相当するもの)を多数掘って造られた集合墳墓で、穴内の台座に棺桶を安置したとされています。なお、台座は穴によっては複数存在しており、このような穴には家族単位で葬られたものと考えられています。多くの穴の入口の周囲には段差状の構造があり、ここには緑泥片岩という緑色の石で作られた板状の蓋がはめ込まれていました。これは後から穴を容易に開閉可能とするものとされ、複数の台座状構造と合わせて同一の穴に追葬が行われたことを示すものと考えられています。場所によって穴の並びが整然、不規則と各箇所で差がありますが、不規則な箇所は比較的初期に、整然と並んでいる箇所は後期に造られたものと考えられています。

                      
(吉見町観光みどころ・ガイドより)
 

吉見百穴の入場券売り場です
   


吉見百穴の入場券売り場です、バランスのとれたシンプルな建物です
 


吉見百穴にて
 3.国指定史跡 ”吉見百穴” 南側通路にて
< 吉見百穴の造られた時代について >

 吉見百穴の造られた時代は、仏教が伝来したのは西暦552年(一説には538年)、聖徳太子が推古天皇の摂政となって活躍したのは西暦593年〜622年であり、百穴が造られ始めたころとほぼ一致します。仏教が本格的に広まるのは後年のことですが、古墳を造営して死者を葬っていた当時の日本人の死生観に大きな影響を与えたと想像することが出来ます。

 また、6〜7世紀は地方豪族の連合体の首長として君臨していた大和朝廷がその支配力をいっそう強め、日本全体が中央集権国家へと移り変わっていった時期でもあります。西暦645年の「大化の改新」以降、中央集権国家としての国家機構は加速していくことになります。646年には葬送の儀式に関係した「薄葬令」が出されています。「薄葬」とは一言でいえば「簡単に葬ること」で、地方豪族の権力の象徴と言える古墳の造営を禁止した法律となっています。西暦652年には班田収受法が施行され、豪族の支配していた「土地」と「人」のすべてが大和朝廷の支配下に置かれるようになり、公地公民制が本格化されていきました。

 この「仏教伝来」「中央集権国家」という日本の社会の大きな変換期に百穴は造られたとのことです。     (吉見町観光みどころ・ガイドより)
                          
    
           

吉見百穴、南側通路入口にて


吉見百穴にて、残念ながら南側通路は閉鎖されていました
 
 
吉見百穴、南側通路入口にて
 





 4.国指定史跡 ”吉見百穴” 中央通路にて(1)

吉見百穴、中央通路にて

吉見百穴にて

吉見百穴、中央通路を望む
 
吉見百穴、中央通路右側の斜面を望む 吉見百穴にて
   

吉見百穴、中央通路より左側の斜面を望む
 
 5.国指定史跡 ”吉見百穴” 中央通路にて(2)
 

吉見百穴、中央通路からの眺めです
 
吉見百穴、中の様子です 吉見百穴、中の様子です

吉見百穴、中央通路上部の様子です


吉見百穴、中央通路上部にある穴(お墓)です





吉見百穴、内部の様子です
   
 






 6.国指定史跡 ”吉見百穴” にて(1)
 

吉見百穴、展望台からの眺めです

吉見百穴の山頂です。お店がありました
 
 
吉見百穴、埋蔵文化財センターにあります百穴の模型です
 8.国指定史跡 ”吉見百穴”にて (2)
 



吉見百穴、中央通路上部より登り口を望む
吉見百穴の入場券です 吉見百穴、トイレの壁に掲示されている案内板です


吉見百穴、中央通路を上部より望む
吉見百穴、中央通路山頂へ進む 吉見百穴、展望台からの眺めです 吉見百穴、山頂のお店です 吉見百穴、山頂にて
google地図より google地図より(■カーソルセットで写真表示) google!地図より(■カーソルセットで写真表示)
   
  (後 記)  
       
   吉見百穴は、昔仕事で近くに行ったとき、地元の人に話のネタに一度は見ておいても損は無いよといわれていました。
 快晴の天気に誘われて出かけて来ました。ネットで埼玉のカッパドキアとか日本のカッパドキアと書かれているのもありましたので興味深々で出かけてきました。

 カッパドキアの奇岩等はありませんでしたが、離れて見ている分にはそれなりの雰囲気はありました。ここは先人の知恵には感心させられる場所と思いました。     
(2018.11.07)

 
     
 





  お気に入り写真




吉見百穴、中央通路からの眺めです




吉見百穴にて




吉見百穴にて、穴(お墓)の内部の様子です




吉見百穴にて、南側通路にて







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