Ver.4 
日本の城に登る・歩く
  ( 日 本 百 名 城 )
[画像]  (日本百名城 No.94)  府内藩2万石の城 ”府内城” を歩く
  
 ”府内城(大分城)” に登城する
 府内城
 (ふないじょう)
 日本百名城 No.94
 大分県 大分市
 (撮影 2012.05.04)
 府内城(ふないじょう)は、豊後国府内(現在の大分県大分市)にあった城です。大分城(おおいたじょう)とも呼ばれています。
 江戸時代には府内藩2万石の藩庁が置かれていましが、明治初期に本丸・東丸・西丸の建造物以外は破却され、堀の一部が埋め立てられました。さらに第二次世界大戦時の空襲により櫓が数棟焼失しています。    
(ウィキペディアより)
(Size: 1,141KB) 府内城西丸二重櫓を望む 府内城天守跡を望む
 府内城 ”大手門” より入城する

 現在の府内城は、大分城址公園となっています。本丸跡北西隅に人質櫓(二重櫓)と西丸に宗門櫓(平櫓)が現存し、大分県の史跡に指定されています。
 また、3棟の二重櫓と大手門、土塀、廊下橋が復元されております。   
(ウィキペディアより)
府内城(大分城)、大手門を望む
府内城 ”東丸着到櫓”を望む 大手門を望む
 府内城 ”西の丸二重櫓” を望む
【府内城の築城】

 府内城は、1597年(慶長2年)12万石を得て臼杵より転封した、豊臣秀吉家臣、福原直高は堅固な城郭を求めて大分川河口付近に築城を開始する。この地は大友氏の時代に船の荷役を行っていた場所で「荷落」という地名であったが、縁起を担ぎ地名を「荷揚」に改め、名を荷揚城とした。荷揚城は1599年(慶長4年) 4月に完成した。

 1601年(慶長6年)竹中重利が3万5千石で入城し、荷揚城の大改修を開始する。
    ・1602年(慶長7年)4層天守、櫓、山里曲輪、内堀が完成。
    ・1605年(慶長10年)外堀が完成。
    ・1607年(慶長12年)笠和口、堀川口、塩九升口の各門が完成し、
大改修が概ね終了する。

 その後、1658年(万治元年) 大分郡2万石を領する松平忠昭が高松陣屋より入城する。以後、明治維新まで大給松平氏が居城する。
1743年(寛保3年)大火により天守を含む大部分の建造物が焼失する。以後、天守は再建されなかった。   
(ウィキペディアより)

府内城、西丸二重櫓(左正面)・宗門櫓と東丸着到櫓(右奥正面)を望む
 府内城 ”天守跡” からの眺望
 天守跡より二重櫓(人質櫓)を望む
太府内城、大手門付近より天守跡を望む。この辺は堀が埋められた場所か? 府内城、天守跡からの眺望(二重櫓(人質櫓)を望む)
 府内城 ”天守跡” を望む
■松栄神社近くより、天守跡を望む (望遠でアップしました) ■
 
松栄神社付近から二重櫓(人質櫓)を望む 西の丸二重櫓を望む
 府内城 ”廊下橋” を望む
【廊下橋(ろうかばし)】  − 現地案内版より −

 松栄神社の場所は、かって山里丸と呼ばれた郭(くるわ)のあった
所です。山里丸は、茶の湯や能、月見などの諸芸能が営まれた特別な場所であり、府内城の風格を示す貴重な史跡です。
 山里丸と西の丸を結ぶ堀の上に架けられていた渡り廊下が、この廊下橋です。山里丸と同様、他にあまり例を見ない貴重な史跡であることから、平成8年度に復原しました。
 復原に先立って、平成7年度に行った発掘調査の結果、「慶長期絵図」に示された石垣が確認され、その内容が正確に伝えられていることも分かりました。復原に際しては「慶長期絵図」「松栄神社所蔵絵図」等を参考にしました。廊下橋の規模は、長さ21.7m、幅員2
.4m、橋脚高3.8m、建築部分の最高高さ4.6m、檜造り、壁はしっくい塗り、屋根は檜皮(ひわだ)葺きとなっています。


■ 北の丸跡付近から廊下橋を望む ■
  
1996(平成8)年に復元された廊下橋を望む 廊下橋より、二重櫓を望む
 大分 ”府内城” 案内

 府内城は、江戸時代には府内藩2万石の藩庁が置かれていましたが、明治初期に本丸・東丸・西丸の建造物以外は破却され、堀の一部が埋め立てられました。さらに第二次世界大戦時の空襲により櫓が数棟焼失しました。

 現在、城跡は大分城址公園となっており、本丸跡北西隅に人質櫓(二重櫓)と西丸に宗門櫓(平櫓)が現存し、大分県の史跡に指定されています。また、3棟の二重櫓と大手門、土塀、廊下橋が復元されており、西丸跡には1966年に大分文化会館が建てられ、三の丸跡には、大分県庁・大分市役所などがあります。

  
     (ウィキペディアより)
駅前のショッピングアーケードには、南蛮船(ポルトガル船)が展示されていました。
(日本ポルトガル友好450周年記念モニュメントとのことです)
歩道には綺麗な南蛮船のタイルがありました
■JR大分駅前の様子です  ■駅前の商店街の様子です(大分ラーメンを食べるつもりが博多ラーメンを食べてしまいました)
  
松栄神社を望む 天守跡より本丸跡を望む 城内にある大分文化会館。城内には不自然な建物と思いました 城内にある”人柱お宮”を祀るつった祠です 松栄神社前にて 二重櫓を下から望む
Yahoo!地図より ■カーソルセットで航空写真を表示します。 ■カーソルセットで航空写真を表示します。
後 記 
 九州旅行の最後に府内城に寄ってみました。現在の城址としては規模的にはあまり大きいとは思いませんでしたが、小奇麗で端正な城と思いました。

 まずびっくりさせられたのは、外堀の澄んだ水の美しさです。沢山の魚がうようよ泳いでいました。外堀を散策していると”「甦る水100選」建設大臣賞”の受賞案内版が有り、「フレッシュアップ府内城」によることがわかりました。この水の美しさが堀・石垣・櫓の美しさを彩だてていると思いました。
 また城内に有ります大分文化会館は似つかわないなァ〜と思いましたが、2013年10月に閉館する予定とのこと。こういったことを一つ一つ実施されています。今後、天守の復元、内堀の復元と進めてもらいたいと思いました。    
(2012.10.20)


※「フレッシュアップ府内城」は府内城のお堀を公共下水道の処理水を再利用し浄化する事業(アメニティ下水道モデル事業)で昭和63年5月に完成とのことです。

府内城は美しい水・石垣と櫓、見事な美しさを醸し出していました。(左:二重櫓、正面:天守跡を望む)
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