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         日本の歴史を訪ね歩く
                                                       重要文化財指定 ”正門”
  

  常陸国水戸藩の藩校 ”弘道館”
 
 弘道館(こうどうかん)は、江戸時代後期に日本の常陸国水戸藩に作られた藩校であります。所在地は茨城県水戸市三の丸。現在は、茨城県営の都市公園の1つである弘道館公園(こうどうかんこうえん)となっています。国の特別史跡に指定されており、正庁・至善堂・正門は国の重要文化財に指定されています(ウィキペディアより
 
 
  正門
正門 内部より
 
 

 文武両道の教育 ”弘道館”
 
 創立は、1841年(天保12年)8月。第9代水戸藩主の徳川斉昭によって水戸城三の丸内に作られ、維新回天の先導力になりました。建造には腹心の戸田蓬軒が務めた。また、経営にあたる学校奉行には、蓬軒の実弟 安島帯刀が任命され、文武両道を教育方針とし、馬術や剣道やという武道のほかにも、広く諸科学、諸学問が教育・研究されていました。 (ウィキペディアより
 
 
学問の教育・研究
 弘道館の学問の教育・研究としては、当時広く行われていた人文科学、社会科学のほかにも、医学や天文学をはじめとする自然科学についても行われていた。 (ウィキペディアより)



 
 
 
 

 水戸藩の教育重視の象徴 ”弘道館”
 
 弘道館は、第2代水戸藩主の徳川光圀が編纂を始めた大日本史の影響を受けた水戸学の舞台ともなりました。当時の藩校としては規模が大きく、また水戸藩も財政が潤っていたとはいえなかったことから、当時の水戸藩の教育重視がうかがえるといわれています。しばしば現代の総合大学に例えられていますが、学問は一生行うものであるという考え方に基いて特に卒業の概念を設けず、若者も老人も同じ場で学んだといわれています (ウィキペディアより)
 
  


 明治維新 弘道館戦争を引き起こす
 
 
 明治維新の際、水戸藩では改革派(天狗党)と保守派(諸生党)が激しく争い、弘道館もその舞台となった。1868年には会津戦争で敗走した諸生党が水戸に舞い戻り、弘道館に立てこもる事態となり多くの建物が銃砲撃により焼失しました(弘道館戦争)。1872年(明治5年)12月8日に閉鎖され、その後は太政官布告により公園とされました(ウィキペディアより)
 
 
 
弘道館の重要文化財
 弘道館は、現在も一部分が保存され「旧弘道館」として国の特別史跡になっているほか”正庁”・”至善堂”・”正門”の3ケ所は重要文化財に指定されています。(茨城県都市公園HPより)

 
 

 
 60品種の梅樹にかこまれた ”弘道館”
 
 
 第15代の将軍となった慶喜も父斉昭の厳しい教育方針で5歳の時から弘道館において英才教育を受け、さらに慶応3年(1867年)の大政奉還の後、謹慎した至善堂が今も残っています。
 現在、敷地跡は弘道館公園として梅樹60品種800本が植えられており、梅の名所となっています。
(茨城県都市公園HPより)
 
 
 
 
 
 
 
  江戸時代の総合大学 ”弘道館”
 
 
 弘道館は、藩士に文武両道の修練をつませようと武芸一般はもとより、医学・薬学・天文学・蘭学など幅広い学問をとり入れた、いわば総合大学というべきものでした。当時の藩校としては国内最大規模のものであり、弘道館建学の方針を示す「弘道館記」の内容や学校教育の特色によって天下に有名になりました。 (茨城県都市公園HPより)
 
 
 重要文化財指定 ”正庁”  ■Zoom(看板) 
 
重要文化財指定 ”至善堂”
 
 
 
 
 水戸藩 ”弘道館”公園 案内
  
 
 弘道館が有していた蔵書の多くは国有とされ、後に設立された官立の旧制水戸高等学校が引き継いぎましたが、1945年(昭和20年)8月1日から2日未明にかけての水戸空襲により国有化された蔵書は焼失した。そのほかの蔵書については、弘道館の伝統を引き継ぐために関係者によって作られた自彊舎に引き継がれ、その後は、弘道学舎、水戸塾、水戸学院、茨城中学校・茨城高等学校と続いています。現在、約1万冊程度の蔵書が現存し、茨城県立歴史館が委託などで管理を行っています。(ウィキペディアより)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Yahoo!地図より ■Zoom ■Zoom
 
 
 
 
後 記
 
 現在の水戸城跡には、徳川御三家の面影は残っておらず、城はほとんどが幼稚園・小学校・中学校・高等学校・大学と教育関係の施設と公共施設になっています。これも水戸の風土、日本の総合大学の始まりである”弘道館”の考え、水戸藩の教育にかける情熱がそのまま現代に引き継がれた為であると感じました。


 
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