Back
Top
  空心ドンは城郭周囲と非常時に敵の動きを監視する見張り台として造られた建物で、華城建設の際に初めて取り入れられた。華城には西北空心ドン、南空心ドン、東北空心ドンの3ヶ所が設けられた。東北空心ドンは1796年(正祖20)7月19日完工され、その形は大きな楕円形で、華城の中で一番独特な建物である。東北空心ドンの内部は螺旋形の煉瓦の階段になっていて、一名「法螺閣」とも言われる。 (現地案内板より)

日本を歩く (工事中)


お花の中を歩く
世界遺産を歩く

世界文化遺産 (1995年登録)

■東北弩台にて

No.8-5

東北舗楼・華虹門にて,東暗門にて

東将台(練武台)にて

No.8-5


 蒼竜門は門の入り口の天井に素晴らしい龍の絵が有ります。ジックリと見ることをお勧めします。
 華城の建設には、37万人の労力が投入された。中国からヨーロッパの築城技術を取り入れて設計され、東洋と西洋の技術を融合させています。城郭の築造に、石材と煉瓦が併用されている点が特徴です。

No.8-2


第8集 水原華城(ファソン) 韓国:水原市

海外で歩く

日本百名山を歩く(工事中)

 東北角楼は華城にある4ヶ所の角楼の一つで、周囲の美しい景観と相まって華城の施設の中で一番美しい所である。訪花随柳亭ともいわれ、これは花を追い掛けて、柳を付き随う美しい東屋との意味である。優れた建築美と景観の美しさで龍渕、花虹門と共に華城門と共に華城の白眉と言われる。特に壁面の十字模様は朝鮮時代の建築の美しさを見せる代表的な所である。1794年(正祖18)9月4日基礎工事が始まって10月19日に完工された。 (現地案内板より

■華虹門(北水門)にて

  将台とは城内一帯を見下ろしながら華城に駐屯していた壮勇営外営の兵士を指揮した指揮所で、西将台と東将台の2ヶ所がある。1795年7月15日工事が始まってから8月25日に完工された。兵士たちの武芸の修練場として使われたところで、「練武台」とも言われる。高くない丘陵地にたって華城の東側から城内を見下ろすことができる軍事的に重要な所である。 (現地案内板より)

蒼竜門〜東北弩台にて


  華城は、李朝22代国王・正祖が、2年9ヶ月の歳月をかけ、1796年9月に完工した、周囲5.7kmの城であります。正祖はこの地に父親の墓を移し、城壁で防護し、都を移そうとしました。しかし城壁が完工した直後に正祖が亡くなり遷都は中止されました。城郭は要所要所に門、砲台、やぐら、兵士の休憩所、軍事指揮所、訓練所などを東西南北に整然と組み込んだ素晴らしい建造物です。
■東北舗楼にて
■東暗門

No.8-4

東北空心ドン
城郭の花 ”華城”

No.8-1


”華城”を歩く

■北暗門

 暗門とは城郭の折れ曲がった所や樹木が茂ってよく見えない所や奥まっ所に設置されれいて、人々と家畜が往来したり、軍需品を搬入するための秘密の通路で、華城には5ヶ所の暗門が設けられている。東暗門は東将台から西の方に約116歩離れた所に位置されて、構造は門の上に煉瓦を敷いて、五星池と円形の石垣を設置した。1796年(正祖20)3月25日完工された。 (現地案内板より

  最後に、今回は、日本の観光会社のツアーに参加し訪れました。散策時間が40分程度と短くルート、城郭の5分の1の散策となってしまった。全体感を味合うのであれば問題ないかも知れない。やはりここはジックリと城郭5.7kmを一周したい。城の外、内を歩くことによって色々な発見が有ると思います。次は1日コースでゆっくりと歩いて看たい

 弩代は弩(一度にたくさんの矢を射る弓の一つ)を射るために高くつんだ施設で、華城には西弩台と東北弩台の2ヶ所が設けられている。東北弩台は蒼竜門と東北空心ドンの間」に位置されて、石垣に保護されている。 (現地案内板より)
■蒼竜門にて
拡大
拡大

○ZOOM

Copyright (c)  e-aruki Inc. All Rights Reserved. 無断転載禁  (by Xinku Yingxing)
Back

2007.12