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  世界遺産を訪ねる・歩く
    (日本:紀伊山地の霊場と参詣道 (高野山))
  
  
    
[画像]  高野山 女人高野”慈尊院”に参拝する
  
  
  
  
  
  
  
  
世界文化遺産 ”慈尊院”に参拝する
 
 慈尊院 (じそんいん)
 紀伊山地の霊場と参詣道 高野山
 (2004年7月、世界文化遺産登録)
 国の史跡「高野山町石」の一部
 和歌山県伊都郡九度山町
 (撮影 2012.09.15)
 慈尊院(じそんいん)は、和歌山県伊都郡九度山町慈尊院にある高野山真言宗の寺院です。山号は万年山。
 本尊の木造弥勒仏坐像は国宝(美術工芸品)に指定されております。他に本堂弥勒堂、絹本著色弥勒菩薩像などの重要文化財を所蔵しています。境内は国の史跡「高野山町石」の一部である。本堂弥勒堂はユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部として登録されております。   (ウィキペディアより)
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慈尊院、山門を望む 慈尊院、拝堂を望む
 


 慈尊院 ”山門” を望む
 
■ 女人高野、慈尊院 ”山門”を望む ■
  
慈尊院、本堂(弥勒堂)への入口です。左側に本堂があります 慈尊院、重要文化財弥勒(みろく)堂、国宝の弥勒菩薩が収められています
 


 慈尊院 ”山門より多宝塔”を望む
 

 慈尊院は、弘仁7年(816年)弘法大師(空海)が、高野山開創に際し、高野山参詣の要所にあたるこの地に表玄関として伽藍を草創し、一の庶務を司る政所、高野山への宿所、冬期の避寒修行の場所とされました。
 当時の慈尊院は、今の場所より北側にあり、方6丁の広さがあったと伝えられています。天文9年(1540年)紀の川の大洪水で流失してしまいました。しかし、弥勒堂だけは天文6年(1474年)に今の場所に移してあったため、流失をまぬがれたとのことです。

 また、弘法大師の御母公が「我が子が開いている山を一目見たい」と香川県の善通寺より訪ねてこられました。しかし、当時の高野山は女人禁制でありましたので、弘法大師の元には行くことができず、この慈尊院で暮らしておられたとのことです。    
(九度山町 HPより)


■  慈尊院山門より、多宝塔を望む。多宝塔、左の石段は丹生官省符神社への参道です。右側の表札には”女人高野”と書かれています ■
   
  
慈尊院、本堂(弥勒(みろく)堂を望む 女人高野、慈尊院 ”小説 紀ノ川(有吉佐和子著)”のくだりが表示されています

  【女性の厄除けの「乳房形の絵馬」の奉納】

  慈尊院は、女人高野のいわれがあるため、子授け、安産、育児、授乳、良縁などを願って乳房型絵馬を奉納する女性が多く訪れているとのことです。

  上右側の写真は、「祈願 乳癌撲滅」の絵馬です。




 慈尊院 重要文化財 ”本堂(弥勒堂)” を望む
 
■ 慈尊院、本堂(弥勒堂)を望む。弥勒堂には、国宝の”木造弥勒仏坐像”が安置されています ■
  
 


  慈尊院 ”拝堂” にて
 
■  慈尊院、”拝堂”を望む ■
  
慈尊院 ”拝堂”のを望む 慈尊院 ”拝堂”の内部です
  
 


 慈尊院 ”拝堂より多宝塔”を望む
 
慈尊院、拝堂より多宝塔を望む
  
  
  
 
慈尊院、境内より山門を望む
    
  
 


  女人高野 ”慈尊院” 案内
 
【「九度山」、「慈尊院」の名の由来】

 慈尊院のある九度山の地名は、弘法大師は月に九度(9回)、高野山からお母様に会いに来られました。そうしたことから、この地は九度山と名付けられたという説があります。
お母様が亡くなった後、弘法大師はお母様が篤く崇拝していらっしゃった弥勒菩薩座像と御母公像を安置するため、弥勒堂(慈尊院本堂)を建てられました。今も弘法大師のお母様の御利益をいただきたいと、多くの女性が訪れています。

 また、慈尊院の由来は慈尊院の本尊である弥勒菩薩は、別名「慈尊」といい、そこから慈尊院と呼ばれるようになったとのことです。    
(九度山町 HPより)


 
■ 慈尊院にはものすごく立派な、世界遺産登録碑がありました ■
  
慈尊院大師堂(四国堂)は、修理工事中でした 慈尊院、本堂への入口です
 
  
        慈尊院、鐘楼を望む 慈尊院、境内の様子です。左:拝堂、右:本堂
  
 
  
 
Yahoo!地図より Yahoo!地図より(■カーソルセットで写真表示) Yahoo!地図より(■カーソルセットで写真表示)
  
 
 
           
後   記   
 慈尊院については、高野山の世界遺産登録リストで初めてしりました。女人高野の意味も今回で初めて知りました。慈尊院の参拝では驚かされることばかりでした。本堂の乳房形絵馬は衝撃的でした。生まれて初めて見ました。女性は女性特有の悩みが有り、当然有っても不思議ではないと思いました。若いころ有吉佐和子さんの紀ノ川は読んだことは有りましたが、慈尊院が記載されていることは、残念ながらまったく記憶に有りませんでした・・・・。
 次にビックリしたことは、世界遺産登録記念の石碑の立派さでした。この石碑の立派さを見ると、この寺院に思いを寄せている沢山の人がいるのだな〜とつくづく感じました。

 慈尊院については、参拝後に色々なことが分かりました。今度はもっと情報を蓄え、じっくりと拝観したいと思いました。   
(2014/7/4)

 
土塀(築地塀をいう)、境内の周囲3方約250mにわたり造られています。和歌山県指定文化財となっています。
 
慈尊院、拝堂を望む
 
  
  
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